エ ッ セ ー |
今月は、中西 恭さんのエッセイを取り上げました。 ノンフィクションのエッセーだそうです。 《プロフィール》 中西 恭さんは昭和9年生まれの66歳です。 会社を定年退職された後、趣味の随筆を書かれています。 神戸新聞文芸欄にもたびたび投稿され、掲載されています。 数ある作品のうち、神戸新聞に掲載されていないものを譲ってもらい、 ここに発表させて頂きました。 |
「随筆をお書きですの」 |
私は、毎日3時間は散歩を楽しんでいる。 |
気まずさと、当時は離婚後の独り身だったから、「生」に対して余り執着しておらず、以後通院しなくなっていた。 今回は、その時以来の診察である。 恐る恐るN医院に行き、院長先生の診断を受けた。 「喫煙されているそうですが、今から禁煙して下さい。 それに毎日欠かさず、最低1時間は歩くこと。 この2つは必ず守って下さい。」 院長先生に守ると誓ったものの、禁煙には「いらいら」の禁断症状が伴い、それが無くなるまでの半年間が、とても苦痛であった。 それ以上に辛かったのは、1日1時間の散歩を続けることであった。 |
しかし、私が再婚であり、持病のことも承知の上で一緒になった妻を思えば、何としても長生きをしなければ、申し訳が立たない。 苦痛でしかない毎日の散歩を続けるために、何としても楽しいものにしたい。 そう考えた末、日替りのお洒落を、散歩で楽しんだ。 定年退職して無職の身、だからと言って背広やネクタイを眠らせておくのは勿体ない。 惜しげもなく、ブランド物も散歩に着用した。 今や、医者に指示されたからでなく、健康のため致し方なく散歩している意識はない。 美しさを取り戻した商店街を、時には山の手から港を眺めながら、まれには波止場の鴎と戯れて、ハーバーランドに辿り着く。 このような散歩が、結果として健康に繋がっていればそれでいいと思っている。 |
或る日、散歩途中の南京街の近くで、洒落た喫茶店を見付けた。 落ち着いた雰囲気と旨いコーヒー、いつしか2階奥の片隅が、私の定席となった。 そこが、私の趣味である随筆を書いた後の推敲をするには最適と思われ、原稿と赤のボールペンを持参するようになった。 推敲で赤色が混った原稿を、自宅で清書して再び訪れる。 また推敲する。 辞書を片手に字を書くことは、ぼけ防止にもなるから、苦にはならない。 このようにしてから、散歩が更に楽しさを増したのは、確かである。 「随筆をお書きですの」、眉目秀麗なご婦人が、私に声を掛ける。 これが切っ掛けでお茶飲み友達になる。 そのような日があることを夢見て、今日は茶色の羊皮のジャケットに、原稿と赤色のボールペンを忍ばせている。 |
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